グロリムは顔を真っ赤にしてたちどまった。「二度とそれを口にするな!」たたきつけるように言った。「神殿の壁の内側は、よそ者がそのような罰あたりな言葉を吐く場所ではない。トラクの魂は生きつづけていらっしゃるのだ。いつかふたたびお生まれになり、世界を征服なさる。トラクみずからが剣をふるわれるとき、宿敵、リヴァのベルガリオンは悲鳴をあげながら祭壇の上に横たわるのだ」
「調子のいい考えですね」シルクがベルガラスにささやいた。「そんなことにでもなったら、おれたち、はじめから全部やりなおしじゃないですか」
「だまってろ、シルク」ベルガラスは小さな声で叱った。
下級僧侶のグロリムがかれらを連れていった部屋は、大きくて、数個のオイル?ランプによってぼんやりと照らされていた。壁には黒い垂れ幕がずらりとかけられ、香の匂いが濃厚にたちこめている。頭巾をかぶったやせた人影が大きなテーブルの向こうにすわっていた。肘のあたりに蝋のたれた黒い蝋燭があり、前には黒表紙の本が置かれている。その人影から発している力を感じて、ガリオンの頭に警戒警報がひびいた。すばやくポルガラを一瞥すると、彼女は重々しくうなずいた。
「お許しください、聖なるチャバトさま」あばた面のグロリムはかすかにふるえる声で言いながら、テーブルの前にひざまずいた。「ですが、暗殺者ジャハーブからの使いの者を連れてまいったのです」
テーブルの人影が顔をあげた。ガリオンはあっと声をあげそうになった。女だった。女の顔には輝くような美しさがあったが、かれの目を奪ったのはそのことではなかった。白い両の頬に残忍な深紅の傷痕が彫り込まれている。それは装飾的なもようを描いて、こめかみからあごにかけて走っていた。炎をあらわすもようのようだ。女の目は煙るように黒く、ふっくらしたくちびるは薄くのびて軽蔑の冷笑を浮かべている。黒い頭巾は濃紫の飾りでふちどられていた。
「それで?」女はやすりをかけたような耳ざわりな声で言った。「あのダガシがどうしてよそ者にメッセージをたくすのだい?」
「そ――それはききませんでした、聖なるチャバトさま」グロリムは口ごもった。「この者はジャハーブの友だちだと主張しております」
「で、おまえはそれ以上は質問しなかったのかい?」耳ざわりな声が脅しをひめたささやきになり、にわかにがたがたとふるえだした下級僧侶を目がねめつけた。やがて、女の凝視がゆっくりとサディに移った。「名前をお言い」
「スシス?トールのウッサでございます、聖なる尼僧さま」サディは答えた。「ジャハーブの指示で、こちらの高僧にお目にかかり、メッセージを伝えるよう申しつかりました」
「そのメッセージはどういうものだ?」
「ああ――それはこかんべんください、聖なる尼僧さま。アガチャクさまのお耳にだけいれるようにと言われたのです」
「わたしがアガチャクの耳だよ」チャバトはぞっとするほど静かな声で言った。「まずわたしが聞いてからでないと、どんなこともアガチャクさまの耳には届かない」ガリオンをそうかと思わせたのは、その口調だった。このむごい傷痕のある女はどうにかこの地位まではいあがったものの、まだ自信がないのだ。チャバトはひらいた傷のような不安感をかかえている。だから、自分の権威を少しでも疑われると、相手かまわず執拗な憎悪をぶつけてくるのだ。ガリオンはサディがチャバトの危険性を悟ってくれるようにと願わずにいられなかった。「ああ」サディは泰然として丁重に言った。「ここの状況をよく知らなかったのです。ジャハーブとアガチャクさまとウルギット王が、わけあって、カバチという人物を無事にラク?ハッガまで送り届けたいらしいのです。その護送をひきうけたのがわたしでございまして」
チャバトの目がうたがわしげに細まった。「メッセージはそれだけではあるまい」
「これだけでございます、高貴なる尼僧さま。アガチャクさまならこの意味がおわかりになろうかと思います」
「ジャハーブはほかになにも言わなかったのか?」
「ほかには、このカバチという人物がアガチャクさまの保護のもとで神殿にいるということだけでございます」
「ありえないよ」チャバトはぴしゃりと言った。「カバチがいるなら、わたしが知っているはず。アガチャクさまはわたしに隠しごとはなさらない」
サディはなだめるような仕草で両手を広げた。「われたことをくりかえしただけです、聖なる尼僧さま」
チャバトは指の関節をかんでいたが、ふいにその目が疑惑でいっぱいになった。「もしもわたしに嘘をついていたら、ウッサ――あるいはなにかを隠そうとしたら――おまえの心臓をえぐりださせてやるよ」彼女は脅した。
「メッセージはこれで全部でございます、聖なる尼僧さま。もう高僧にお伝えしてよろしいでしょうか?」
「高僧はドロジム宮殿で王さまと協議中だよ。真夜中まで戻りそうにないね」
「それでは、お帰りを従者たちとわたしが待てるところがどこかございますか?」
「まだ話は終わっていないよ、スシス?トールのウッサ。このカバチとやらはラク?ハッガでなにをするんだい?」
「ジャハーブはそこまでは教えてくれませんでした」
「嘘をついているね、ウッサ」チャバトは指の爪でいらいらとテーブルの表面をたたいた。
「あなたに嘘をつく理由はありませんよ、聖なるチャバトさま」サディは抗議した。
「これが事実なら、アガチャクさまがこの件についてわたしにお話しになったはずだ。わたしにはなにひとつ隠しごとはなさらないのだから――なにひとつ」
「見過ごしたのかもしれません。たいして重要なことではないのかもしれません」