ェレク人たちはヴァル

それまでは暖かく

2016年11月10日 17:36

 ブレディク中尉はものごとを万事きわめて慎重に考える、きまじめなあのセンダリアの若手士官のひとりだった。中尉は時間きっかりにカマールの港湾都市にある〈獅子亭〉に到着し、前掛けをしめた宿のあるじに案内されて二階へあがった。ガリオンとその他の人々が滞在している部屋は、風通避孕方法しがよく、家具の手入れもゆきとどいて、港をみおろす位置にあった。ガリオンは窓辺に立って緑色のカーテンのひとつをわきによせ、何リーグもの距離をへだてたはるかかなたのリヴァで起きていることを見通すような目つきで、窓の外を見ていた。
「およびですか、陛下?」ブレディクはうやうやしく一礼してからたずねた。
「ああ、中尉、はいりたまえ」ガリオンは窓からふりかえった。「フルラク王に至急伝えたいことがあるんだ。きみはどのくらいでセンダーにたどりつけると思う?」
 中尉は考えた。その真剣な顔をひとめ見て、ガリオンはその若者がつねにあらゆることをじっくり考慮するタイプであることを知った。ブレディクは口をきゅっと結び、深紅の軍服のえりをうわの空でなおした。「寄り道をしないで、途中で宿ごとに馬を取り替えていけば、あすの午後遅くには宮殿につけるはずです」
「よし」ガリオンはセンダリアの王宛のたたんで封印をした手紙を若い士官にわたした。「フルラク王に会ったら、ぼくがアルガリアのヘター卿をアローン中の王のところへ派遣して、リヴァで〈アローン会議〉を開くつもりでいることをかれらに伝えたことを告げてもらいたい。そしてフルラク王にもおいで願いたいと伝えてくれ」
「わかりました、陛下」
「リヴァの番人が殺されたと伝えてほしい」
 ブレディクの目が見開かれ、顔が青ざめた。「まさか!」かれは喘ぐような声で言った。
「何者のしわざです?」
「くわしいことはまだわからない。しかし、船のつごうがつきしだい、われわれはリヴァへ渡るつもりだ」
「ガリオン、ディア」窓のそばにすわっていたポルガラが口を開いた。「手紙に全部説明してあるんでしょう。中尉にはこれから長い道のりが待っているのよ、ここで話をしている暇はないわ」
「そうだね、ポルおばさん」ガリオンはブレディクにむきなおった。「金かなにか入用なものはあるかな?」
「いいえ、陛下」
「それじゃ、すぐ発ってくれたまえ」

「ただちに出発します、陛下」中尉は敬礼をして出ていった。
 ガリオンは贅沢なマロリーの絨緞の上をいったりきたりしはじめた。その間、簡素な青の旅着姿のポルガラは、窓からさしこむ日光の中で針をきらめかせてエランドのチュニックのひとつをかがりつづけた。「どうしてそんなに平静でいられるの?」ガリオンはたずねた。
「平静なもんですか、ディア。だからこうして縫物をしているのよ」
「なんでこんなに手間取るんだろう?」ガリオンはやきもきした。
「船を用意するには時間がかかるのよ、ガリオン。パンをひとつ買うようなわけにはいかないわ」
「ブランドを殺すだなんて、いったいどこのどいつなんだ?」たまりかねてガリオンはさけんだ。一週間あまりまえ、ポルガラたちと〈谷〉を出発してからずっと、ガリオンはその問いをなんどもくりかえしていた。大柄で悲しそうな顔をした番人は、自分というものを文字どおり捨ててガリオンとリヴァの王座に身を捧げつくしていた。ガリオンの知るかぎり、ブランドは世界中にひとりの敵も持たない人物だった。
「リヴァへついたら、まっさきにつきとめたいことのひとつがそれよ」ポルガラが言った。「さあ、頼むから落ち着きなさい。歩き回っていたってなんにもならないし、第一、気が散ってしょうがないわ」
 あたりが暗くなりかけたころ、やっとベルガラスとダーニクとエランドが帰ってきた。同行している長身で白髪まじりのリヴァ人の服には、かれが船乗りであることを証明する潮のにおいとタールのにおいがしみついていた。
「ジャンドラ船長だ」ベルガラスが紹介した。「かれがリヴァまで船でわれわれを連れていってくれる」
「ありがとう、船長」ガリオンはひとこと言った。
「喜んで、陛下」ジャンドラはぎくしゃくと一礼しながら答えた。
「たったいまリヴァからついたの?」ポルガラがきいた。
「きのうの午後です、マダム」
「向こうで起きたことだけど、なにか思うことがあって?」
「港ではくわしいことはあまりわかりませんでした、マダム。上の城塞にいる人たちは秘密主義みたいなところがありましてね――べつにこれは文句を言っているんじゃありません、陛下。あらゆるたぐいの噂が都市をとびかっています――そのほとんどはでたらめですがね。おれが確信を持って言えるのは、番人がチェレク人の一団に襲われて殺されたってことだけです」
「チェレク人だって!」ガリオンは叫んだ。
「その点では全員の意見が一致していますよ、陛下。ある者は暗殺者たちは殺されたと言っています。逃げのびた者がいるという連中もいます。たしかなところはわからないが、一派のうち六人が殺されて埋められたのはまちがいありません」
「でかした」ベルガラスがつぶやいた。
「はじめから六人しかいなかったわけじゃないのよ、おとうさん」ポルガラは言った。「わたしたちに必要なのは答えだわ、死体じゃなくて」
「あの――かまいませんか、陛下」ジャンドラがなんとなく居心地悪そうに口をはさんだ。「こんなことをいうのはおれの立場じゃないんですが、都市の噂の中には、例のチ?アローンの士官で、アンヘグ王によって送りこまれた連中だという話があるんです」
「アンヘグに? そんなばかな」
「一部の人たちもそう言ってます、陛下。おれ自身はあまりよくわかりませんが、陛下もそんな噂はこれ以上お聞きになりたくないでしょう。番人はリヴァでは好かれていました。だから大勢の人間が剣を研ぎはじめています――この意味がおわかりになればですが」
「なるべくはやく帰ったほうがよさそうだ」ガリオンは言った。「リヴァまでわれわれを送りとどけるのにどのくらいかかる?」
 船長は慎重に考えた。「おれの船はチェレクの戦さ船ほど速くないんです」すまなそうな口調で言った。「そうですね、三日というところかな――天気がもてば。用意ができておいでなら、朝には出発できます」
「ではそうしよう」ガリオンは言った。